第83回 岡本知高さん①

2017-04-30

ゲストは、ソプラニスタの岡本知高さんです。

http://www.okamototomotaka.com

岡本さんは、1976年高知県生まれ。

国立音楽大学声楽科を卒業後、フランスに留学し、

2002年にパリ・プーランク音楽院を首席で修了。

女性ソプラノの音域を持つ、男性ソプラノ歌手、

ソプラニスタとして2003年にCDデビュー!

以降、国内外問わず活躍されていらっしゃいます。

 

「そもそもソプラニスタは、広い意味を持っていて、

少年のボーイソプラノ、成人した男性が裏声で歌うファルセット、

カウンターテノールという声もあるんです。

ただ、僕は生まれつき、ソプラノの声を持っているんです。

変声期もすぎ、高い声を維持している、というのは

世界で数人しか居ないみたいです。」

 

歌手として行う喉のケアに関して伺うと、、、

「僕は、注意している事に頭がいくと、

ストレスになっちゃうので、好きなもの食べて飲んで(笑)

その方が、良い歌歌えるんですよ! ストレスない方が!」

 

今回の選曲は、岡本さんが歌われる、『ボレロⅢ』でした。

「浅田真央さんが引退なさってね。僕も会見涙で見ていて。

僕は、フィギュアスケートにたくさん音楽で携わらせていただいて、

国家独唱もさせていただいて。曲で共演させていただいて、

思い入れのある、ボレロを今日はお届けします。」

このボレロでは、歌っている岡本さんの目の前を

出場選手が滑っていくという場面もあったとか。

「生演奏と僕のボレロに合わせて、錚々たるメンバーが

滑ってくれたときは、歌いながら鳥肌でした。

でも途中でジャンプされると、拍手が起こって

その拍手に負けないように歌うのに必死でした(笑)」

ボレロの歌詞は、ゲーテが作ったもので、

“音楽の神:ミューズの息子が、氷の上で歌を歌い、冬が花開く”

という意味でもあるのだとか。

 

オペラの誕生は、日本でいうと関ヶ原の戦いをしていた、

1600年ごろと言われています。

教会で女性が声を発してはいけない時代には、

去勢された少年や、声のために去勢する男性もいたとか。

「羨ましがられるかもしれないんですけど、

僕は、声が高いから歌っているわけじゃなくて、

歌が大好きで、この歌の楽しさを伝えたいから

最初は、音楽の先生を目指したんです。」

 

少年時代は、オペラやクラシックには興味がなく、

歌謡曲を聞き育ったという岡本さん。

パリに留学を決めたのは、教わりたい先生を

やっと見つけられたから、だったそう。

「先生から次の先生を紹介してもらって、

13人の先生に出会いました。

最後にたどり着いたアレクサンドラはギリシア人で

フランス語のヘタクソな先生だったんですけど、

人間性、音楽の知識、発声法、全部が尊敬できる

暖かい先生だったんです。その先生がいたのが、

パリ・プーランク音楽院だったんです。」

 

パリ・プーランク音楽院で入試を受け、

1年生で入学したものの、飛び級を重ね、

長くて9年かかるところを、1年間で主席卒業を果たします。 

「いろんな歌劇場とか聖歌隊のオーディションを受けなさいって

先生がオススメしてくれて、チャンスもあったんですけど。

でもね、僕は、四万十川のほとりで生まれた人間なんです(笑)

エンターテイメントを追求する一環で、歌を勉強していて、

オペラやクラシックにこだわる、理由が無かったんですよね。

僕はやっぱり、四万十川のおじちゃんおばちゃんにも

楽しんでもらえるパフォーマンスがしたいんです。

だから、オーディションは全部蹴りました。」

 

来週もお話伺います!