水の郷!山形県・長井の美味しい旅!|旅人:井門宗之
2018-11-22
河合「井門さん、駅舎の中に入りました?」
井門「いえ、まだ入ってないですけど?」
河合「とってもアットホームな感じで良いですよ~。」
井門「ほぉ…。じゃ、入ってみますかね。」
河合さんにオススメされるがままお邪魔した、フラワー長井線の長井駅駅舎。
確かに入ってみてびっくり。
地元の方々がくつろぎながらお蕎麦を食べていたり、
駅舎の隣の部屋(?)は産直の販売所になっていたり、
駅舎の中では歌謡曲が流れていたり…なんともアットホームな空気が流れているのです。
外に出てみると目の前には小さな水車もあり、かすかなせせらぎの音も聞こえてきます。
我々が今回お邪魔したのは、山形県長井市。
地理的には山形県の南側・置賜地方に位置し、最上川の流れを感じる自然豊かな町です。
町のキャッチコピーは「水と緑と花のまち・ながい」。
そもそも“長井”という地名には“水の集まるところ”という意味もあるのだとか。
今回は『水の郷!山形県長井の美味しい旅!』と題して長井市を巡りました!
永尾D「長井には会いたい方が何人かいるんだけど、
凄い卵を作っている人がいるんだよ。」
その方とは農業と自然養鶏で鶏を育てる菅野芳秀さんです。
身長190cmという大きな身体と柔和な笑顔が印象的な菅野さん。
お話しは鶏舎に囲まれた菅野さんの仕事場で伺いました。
河合「子供の頃に鶏を飼っていたので、なんだか懐かしい匂いがします(笑)」
菅野「ようこそいらっしゃいました。」
井門「菅野さん、明治大学農学部ご出身なんですよね?
僕も明大OBなんです。大先輩のお話しを聞かせてください。」
菅野「それはそれは(笑)今日はよろしくお願いします。」
僕らはビールケースに腰かけて、菅野さんのお話し…いや人生に耳を傾けました。
菅野さんは農家の息子としてこの長井市に生まれます。
ところがとにかく田舎が嫌で、長井を出て行くことばかり考えていたとか。
菅野「親父を説得して、農学部なら良いというので明大農学部に進学しました。」
しかし大学を卒業したものの、自分が進むべき道を定めきれず、全国を放浪。
菅野「中途半端な気持ちでどこかに就職する事が出来なかった。
だから様々な経験をするべく旅に出ました。」
そんな菅野さんの運命を決めたのが沖縄での出来事。
生まれ育った土地を未来の世代にどう繋げるかに悩む沖縄の人を目の当たりにして、
ようやく自身の気持ちが故郷・長井市に向いたそうです。
菅野「そうして地元に戻ってきたのが26歳の時でした。
大卒ってのを鼻にかけて仕事をするのが自分で許せなくて、
土方仕事と百姓になったんです。」
菅野さんは御自身の事を“百姓”だと話します。
百姓。農業に携わる人間は、
“百の姓を持つほど様々な事に精通していなければ出来ない”
というのが語源だと聴いたことがあって、まさにそうなんだなぁと。
菅野さんは百姓である事に誇りを持つと同時に、
百姓である事の難しさもしっかりと分かっていらっしゃるのです。
菅野「百姓になるのは良いけど何をやったらいいか考えました。
牛や豚は初期費用もかかる、だったら鶏はどうだろう?って。」
自然養鶏に辿りつくまでには少しの歳月がかかりますが、
その時には菅野さんの頭には循環型地域社会のイメージがあったと言います。
そしてそのイメージは後のレインボープランに繋がるのです。
菅野「レインボープランっていうのは、俺一人がどうのじゃなくて、
長井市の3万人の人達の協力があって出来る事業なんです。」
かつて長井市の土は弱っていました。
弱った土からは弱った作物しか育たない。
そしてその作物を食べる家畜や人間も弱っていってしまう。
まずこの土から変えていかなければ…。
農民から出たこの想いこそ、レインボープランの萌芽でした。
しかし単純に「循環型の地域社会を目指す!」と言ってもそう簡単なことではありません。
長井市に暮らす3万人の人々の気持ちを変えていかなければ、それは成功しないのです。
楽しく働き、豊かに暮らす。
それが菅野さんの“憲法”だと言います。
そして若い世代には“自分だけの憲法を作りなさい”とも。
―その憲法があれば自分の信念を貫く事が出来る。―
菅野さんはそんな信念を貫きながら、ここ長井で26歳から百姓をやり続けているんです。
井門「菅野さんの自然養鶏で育った鶏の卵って、どんな卵なんですか?」
菅野「黄身の色は薄い黄色なんだ。あっさりしてるけど、本当の卵の味がします。
それにね、卵の殻が普通の卵よりも硬い。
小鉢の縁で卵を割ったら小鉢の方にヒビが入るっていうね(笑)
僕はね、生まれ変わったら菅野さんトコの鶏になりたいよ!はっはっはっ(笑)」
うん、本当に大きな人だ。
菅野さんと話せて、なんだかとても元気が出ました。
沢山の方が菅野さんを慕う理由が本当によく分かったなぁ。
因みに『レインボープラン』とは『希望の架け橋』という意味。
まさに菅野さん御自身が長井市と市民に想いを繋ぐ架け橋だったんだと思います。
菅野さん、そして美味しい茹で落花生とお茶を御馳走してくださった奥様!
有り難うございました!
水が綺麗であれば当然美味しいお米も育つのが道理。
そんな長井市において「伝説のお米」を復活させた方がいらっしゃるというので、
KIKI-TABI 一行は続いてとある農家へとお邪魔しました。
遠藤「ようこそいらっしゃいました!」
にこやかな笑顔で迎えてくださったのは、
その伝説のお米を復活させた遠藤孝太郎さんです。
井門「山形と言えばつや姫が有名ですけど、その伝説のお米というは…?」
遠藤「はい、さわのはなという品種になります。
昭和30年代に誕生したお米で、
味は間違いないんですけど見た目が良くない(笑)
ですからササニシキやコシヒカリの人気に押されて、
徐々に作られなくなっていったんです。」
全国には流通しなかったけど、長井では自家用米として作られていた「さわのはな」。
「さわのはな」は病気には強いが倒れやすいという特徴も有り、
収量が上がらないという面も全国流通しなかった理由だといいます。
遠藤「県でも平成9年に奨励品種から外されてしまって、
そうするとどうなるか分かりますか?」
井門「種が守られなくなる?」
遠藤「そうなんです。奨励品種だと農業試験場などで種籾は守られるんですけど、
そうならなくなってしまう。ですから有志が集まって種籾を守っていく事から始めました。」
こうした農家の努力の結果、
1999年からさわのはなの種子の供給が出来るようになりました。
遠藤「さわのはなは病気に強い品種なので有機、減農薬栽培に向いているんです。
環境に優しいお米でもあるんですよ。」
井門「伝説のお米…きっと美味しいんでしょうね…(何かを期待する目)」
遠藤「はい、つや姫と食べ比べをしてみても3分の2がさわのはなを選んだくらいです。味は勿論ですが、冷めるほど粘りが増すお米なんですよ!」
井門「冷めるほど粘りが増す!?
いったいどんな味なんだろう…(ちょっとワクワクしつつ)」
因みにいま県内で“さわのはな”を作っていらっしゃる農家さんはどのくらい?」
遠藤「県内全体で100名ほどです。」
井門「県内全体で100名!?
そりゃお目にかかれないですよ!(更にワクワクが止まらない)」
遠藤「今日は炊き立てを食べて貰おうと用意してます!お母さーん!」
奥様「はーい、こちらになります(炊飯器ドーン)」
井門「うわっ!有り難うございます…あの、非常に我儘なお願いなんですが…。」
遠藤「なんでしょう?」
井門「実は先ほど菅野さんの所で卵を頂いたんです。
その卵とさわのはなで卵かけ御飯にしても良いですか…?」
遠藤「あぁ!菅野さんの所にも行ったんですね!勿論良いですよ!」
井門「有り難うございます!
ではさっそく炊飯器の蓋を開けて頂けますか…?」
遠藤「はい!どうぞ!」
ツヤツヤ、いや艶々であります。
もう魅惑の輝きを放っています(笑)
そしてお米の粒が大きい。こんなの絶対に美味しいもの…と思いながら一口。
井門「あぁ…これは旨い。旨いなぁ…。
噛めば噛むほどっていうと簡単ですが、お米の甘味がしっかりしていて。
でも香りが凄く立っています。」
遠藤「有り難うございます!」
井門「では菅野さんの所の卵で…。」
遠藤「最高の組み合わせじゃないですか?(笑)」
井門「あっ、菅野さんの仰ってた通りで黄身の色が綺麗な黄色ですね!
ではこれを混ぜ混ぜして、お醤油を垂らして…御飯にかけて…頂きます!」
至福!!
遠藤さんの仰る通り、まさに最強の卵かけ御飯!
長井市の土と水が育んだ米と卵の最強のマリアージュ。
あっさりとした中に卵の力強さを感じる味わいに、
お米の甘味が合わさって…何杯でも食えます!!
遠藤さんはこの他にも「行者にんにく」と「ニラ」を交配した、
「行者菜」の栽培にも取り組んでいらっしゃっていて、
昨年からは農家以外の方が作付けに参加する「行者菜100人プロジェクト」もスタート。
長井市内では多くのお店が、行者菜を使った様々なメニューを展開中で、
長井市が行者菜の産地として全国的に知られる様に、活動を続けていらっしゃいます。
井門「遠藤さん、実はミュージャンとしての一面もお持ちなんですよね?」
遠藤「はい(笑)影法師というフォークグループで活動しています。
こうして農家の顔やミュージャンとしての顔を持つことで、
幅広い層に我々がやっている事を知って貰うきっかけになればと思っているんです。」
取材中も終始朗らかに笑顔を見せてくださった遠藤さん。
有り難いことに僕の番組も聴いてくださっているとのこと(感激)。
遠藤「農家ってのは作業中、孤独ですからね!ラジオがお供なんですよ(笑)」
良い土と水が育てるのは良いお米だけじゃない。
遠藤さんの笑顔にそんな事を感じてしまいました。
遠藤さん、奥様、美味しいお米と素敵なお話し、本当に有り難うございました!
遠藤さんのお宅を失礼し、続いては町の中心部へ。
水が美味しい場所ならやっぱりあそこに行かなきゃ!
ありますよね、あるんですよね、永尾さん?
永尾D「勿論だよ!鈴木酒造店長井蔵。
ここの“磐城 壽”はひっくり返るくらい旨いんだよ!」
井門「山形なのに“磐城”なの?」
永尾D「そう、ここの御主人の鈴木さんはもともと福島の人なんだ。
あ、井門くんさ、会津で“もっきり”行ったでしょ?」
井門「覚えてますよー!めちゃめちゃ美味しかったもん。夢に出るわー。」
永尾D「鈴木さんも“もっきり”の常連さんなんだって(笑)
長谷川さんの事も知ってるんだよ。」
井門「おぉ!なんか縁が繋がっていくね!」
という訳でお邪魔したのが鈴木酒造店長井蔵。
引き戸を開けて中に入るとふわっと香る蔵の香りが堪らない。
井門「永尾さん、今日は運転手なんだから絶対に飲んだらダメだからね!」
永尾D「(´;ω;`)」
井門「いやいや(´;ω;`)じゃねぇよ!」
永尾D「だって…だって…。」
橋本「あ、永尾さん、ボク運転代わりますよ。」
永尾D「いや、俺はもう味を知ってるから。今回は橋本くん飲んでよ(´;ω;`)」
井門「だから(´;ω;`)はヤメなさい(笑)」
蔵の中に入ると冷蔵庫の中にこちらで作られている日本酒が並んでいます。
中には国際的なコンクールで銀賞を取ったものまで。
井門「あっ!けん玉チャレンジだ!」
説明しよう!
実は長井市は競技用けん玉のシェアが全国7割というけん玉の町なのだ!
という事でけん玉の町を知って、楽しんで貰うべく、
町のあちこちの施設で「けん玉チャレンジ」というゲームが用意されていて、
そのゲームに成功すると施設から賞品が貰える…というのがけん玉チャレンジ!
因みに鈴木酒造店のけん玉チャレンジは『1回でとめけんに成功する!』というもの。
橋本玉「よーし、ちょっとやってみっか!
あ!おっかしいなぁ…あれ?
うーん…ほっ!いやぁ、ダメですね。。」
井門「そうかぁ、新婚なのにダメなのかぁ(´;ω;`)」
橋本玉「あんたもその顔ヤメろ!ってか新婚関係ねえ!」
鈴木「あっ、新婚さんなんですね?(笑)」
我々を笑顔で出迎えてくださったのはこちらの鈴木大介さんです。
永尾さんの話にもありましたが、元々は浪江町で酒蔵を営んでいた鈴木さん。
しかし震災による津波で蔵は流され、更に原発の影響で避難を余儀なくされました。
その後、縁があって長井市で酒蔵を営んでいた東洋酒造と出会い、
その酒蔵を引き継ぐ形で鈴木酒造長井蔵をこの地で立ち上げたんです。
鈴木「震災で避難してきたのが米沢だったんですけど、
その時に縁があってお声掛けを頂いて長井市のこの蔵と出会いました。」
先にあった東洋酒造の主要銘柄が一生幸福という名。
そして鈴木さんが浪江で醸していた酒の名前は磐城 壽。
名前に付けられた漢字の共通点に感じるものもあったかと思います。
鈴木「最初は原発事故の影響で農業が手を付けられない状態になってしまいました。
それから震災後の平成26年に実証栽培という形で米の作付けを始めたんです。
安全な米が出来たら良い広報にもなるし、それで酒を作ろうじゃないかとなりまして。
そしたら26年の年から安全な米が出来てきたんです。」
ただ実証栽培というのは販売が出来ず、広報に使うしかなかった。
それを色々と調整して今年の4月から、
足掛け4年を経て販売を開始したのが『Landmark』というお酒でした。
鈴木「浪江の精一杯がここに詰まっています。」
浪江の地下水を使い、浪江で収獲したコシヒカリを使って醸したのがこのお酒。
だからこその「浪江の精一杯」なのです。
正直、鈴木さんからこの一言が出た時に涙が出そうになりました。
誰だって自分の故郷へは特別な想いがあるでしょう。
その故郷への一つのカタチがこの『Landmark』。
ラベルに描かれた金色の稲穂は、まさに浪江の田園風景。
鈴木「浪江の物で作るって事は浪江の背景まで伝えたいと思ってますので。」
その想いが込められた純米吟醸酒、しっかりと頂きましたよ!
文章にするとなんだか逆に無粋な感じもしたので、皆さんには画像を何枚か!
因みに試飲させて頂いたのは『Landmark』『磐城 壽 純米酒』『伍連者』の3種類。
どれも非の打ちどころの無い味わいなのですが(井門、購入しました)、
面白かったのは『伍連者』。
この酒は置賜地方の5つの酒蔵が、同じ米、同じ精米度合い、
仕込みのタイミングや温度などを全て同じにして同じ酒を醸すという取り組み。
鈴木「ところが蔵によってやはり味に違いが出るんですよね。」
井門「でも皆さん自分の所が一番美味いと思ってるんでしょ?」
鈴木「はい(笑)」
しかもここで使われているお米(出羽の里)は、
なんと遠藤さんが作ったお米というではありませんか!
こうして今はお酒で長井市を盛り立てている鈴木さんですが、
故郷・浪江町でもう一度酒造り…とは考えていないのでしょうか?
鈴木「向こうでやりたいとはずっと思っていて、
近いうちにしっかり公表出来ると思います!」
そう話す鈴木さんはどことなく楽しそうで、
きっと良い報告がこの先に待っているんだろうなと思わせてくれました。
ランドマークという名前が示すように、
浪江の今とそこに携わる方々の気持ちが誰かの心で大きくなっていきますように。
鈴木さん、美味しいお酒を本当に有り難うございました!
永尾さんはちゃんと我慢しましたからね!(笑)
美しい水が美しい土地を土を育て、その大地で育った鶏が美味しい卵を産む。
水の郷・長井市は美しい自然が豊かに循環する町でした。
そしてそこで暮らす方々が何よりもその土地の良さを知っているんです。
「その土地で育った食べ物を食べてみれば、そこがどんな場所かは分かる。」
僕がいつも思っていることです。
今回長井市で頂いた卵、お米、そしてお酒。
何より、それらを作っている人達の笑顔。
あんな風に笑う人達が作った物が美味しくないわけがないんです!(笑)
僕らが旅の終わりに選んだ場所は町を挟んだ最上川の対岸でした。
色付く木々と川の流れ、遠くには少しだけ霧もかかっていて、
まるで奇跡の様な景色が広がっていました。
「あぁ、こんな美しい景色の中に、あの人達が暮らしているのか。
いや、こんなに美しい景色の中だからこそ、ああいう素敵な人達がいるんだな。」
と妙に納得。僕らもしばらくこの町で暮らせば、豊かな心を取り戻せるだろうか!?(笑)
いやいや、それは冗談として。
東京から新幹線を使っても、車で来ても、4時間ほどの長井市。
でもそれだけの時間をかけてでも、来る価値のある場所がここ、水の郷・長井市なのです。
今回お世話になった全ての皆さん、本当に有り難うございました!!
また心の充電をしに、そして美味しい物に出会いに、必ず来ますからね!