SRV!!!テキサス・フラッド!!
2011-02-14
『究極のブルースギターサウンド!
STEVIE RAY VAUGHAN
“テキサス・フラッド” 特集』。
M. Love Struck Baby
1曲目にお送りしたのは、1983年にリリースされたアルバム
『テキサス・フラッド』から、アルバムのオーニングを飾るナンバー“LOVE STRUCK BABY”です。
ブルースROCKのスタンダードのような曲ですが、
SRVのオリジナルです。当時まだ28歳!すごすぎ!
M. Pride And Joy
さて、次にお送りしたのは、1983年のSRV&DOUBLE TROUBLEのアルバム
[テキサス・フラッド]から“PRIDE AND JOY”です。
SRVっぽさ全開のブルースロックナンバー!
実にシンプルなアレンジで、まさにバンド3人のみのサウンド。
シンセは勿論、ピアノ、そして、ソロの後ろのバッキングギターすら
入っていません。この潔さ、ロックですね!!
これを、MTV全盛でギミックだらけの80年代にリリースして
ヒットさせた、という事実がものすごいですね。
さてさて、今日の主役SRVは、1954年アメリカ・テキサス州ダラスに
生まれています。
3歳年上の兄、ジミーの影響で8歳のときにギターを持った彼は、
アルバート・キング、BBキングなどのブルースを貪るように聴いて、
12歳のときにはブルースギタリストとしてクラブに出演していたそうですから、
その早熟ぶりは凄いものがあります。
その後、高校を中退してテキサス・ブルースの盛んなオースティンに移住。
様々なブルーズロックバンドに参加して腕を磨きます。
やっぱり、当時から“若い凄腕のギタリストがいる!”と話題だったようですね。
そんな中、1979年にはついにバンド“SRV & DOUBLE TROUBLE”
を結成。地元の音楽ファンでは知らない人がいないほどの人気となります。
ジャクソン・ブラウンから共演依頼が届いたり、
あの!ローリング・ストーンズのロン・ウッドが彼の演奏をきいて
“一緒にジャムろうぜ!”と声をかけたくらいですから、
そのギターの魅力は当時から爆発していたんでしょうね。
1980年台前半。SRVの名前は、テキサスから世界へと
飛び立とうとしていました。
M. I’M CRYIN’
さてさて、さっきの話の続きですが、
1980年代前半。まさにミュージシャンズ・ミュージシャンとして
大きな話題の中心にいたSRV & DOUBLE TROUBLE。
メジャー契約も、まともなリリースもない中、
その泥臭くてアツいブルーズロックだけで、ひっぱりだこ、となっていました。
そんな中、彼らの人生を決めるLIVEが行われます。
1982年のモントルー・ジャズ・フェスティバルですね。
このフェスで、もちろん素晴らしいLIVEを繰り広げて絶賛されたSRVですが、
さらに素敵なオマケが付いてきました。
観客席にいたデヴィッド・ボウイが、完全に彼らの演奏にノックアウト
されたんですね。デヴィッド・ボウイは早速、スティヴィーをアルバム
『レッツ・ダンス』のレコーディングに誘います。
アルバムの中で、あの!ナイル・ロジャースを差し置いて、
リードギターを弾く、という大役を仰せつかったSRVですが、
見事!期待にこたえて素晴らしいギタープレイを披露!
もちろん、アルバムも大ヒットして、ニューギターヒーロー:SRVの名前は
一気に世界中に広がります。
M. RUDE MOOD
ストラト・サウンドの一つの究極、とも言われるギターサウンド。
アルダーボディに、ローズ指板、そしてジャンボ・フレットに
0.013~0.060という超極太弦。
この要素が絡み合って、独特のSRVサウンドが生まれる、といわれていますが、
まぁ、きっと彼が弾けば、どんなギターでも彼の音になったんでしょうね。
その証拠に、このデビューアルバムでは、まだ予算的に苦しかったのか、
まだ借り物のギターアンプを使用してレコーディングしていたそうですが、
完全にSRVサウンドですもんね。
それにしても、0.013の1弦をチョーキングするなんて・・・。
ギタリストなら分かると思いますが・・・。ちょっと不可能ですよね(笑)。
しかも、あまりの弦の張力にネックが悲鳴をあげて、
常に大きな順ぞり状態。弦高も鬼高。
本当に彼以外は誰も弾きこなせないギターだったみたいですね。
さてさて、さっきの話の続き・・・。
1983年のデヴィッド・ボウイの大ヒットアルバム『レッツ・ダンス』に
参加して一躍時の人!となったSRV。
その勢いのままリリースされたのが、今日特集しているデビュー作
『テキサス・フラッド』です。
1983年といえば・・・。
先ほどの『レッツ・ダンス』に象徴されるように、派手なシンセサウンド、
エレクトリックなサウンドの全盛期。
あのMJの『スリラー』がヒットチャートを席巻して、
カラフルなプロモーションヴィデオが氾濫していた頃でした。
バンドものも、アメリカではジャーニーなんかの、いわゆる産業ロック、
イギリスではDURAN DURAN、カルチャークラブなんかのイロモノロック
が台頭していましたよね。
そんな中で、何のギミックもない、オーバーダビングもない、
本当に時代遅れでシンプルなブルースロックをリリースしたSRV。
ジミ・ヘンドリックス meets B.B.キングとも称される
アグレッシヴかつ繊細なギターサウンドでブルースファン、
ロックファンをノックアウトして、アルバムはブルースものとしては異例の
50万枚以上の売り上げを記録しました。
そして、このアルバムの後も、順調に活動を続けて、
毎年のようにアルバムをリリースしました。
途中、重度のアルコール&ドラッグ中毒により、リハビリ施設に入りますが、
1988年に見事復活。
グラミー賞まで受賞するなど、真のギターヒーローとして、
80年代を駆け抜けました。
そんなSRVが事故でなくなったのが、1990年です。
エリック・クラプトン、バディ・ガイなどとコンサートに出演した後、
ヘリコプターに乗り込んだまま、帰らぬ人となりました。
生きていれば、まだ55歳。
その後、どれほど素晴らしい音楽を残していたか、と思うと、
本当に残念ですよね。
M. TEXAS FLOOD