あっちゃん号で訪ねる薩摩の偉人たちの足跡|旅人:吉村民

2014-04-09

4年後に迎える明治維新、150年。
維新は薩摩、長州から始まったと言っても過言ではない!ということで、
今回のYAJIKITAでは、幕末明治に活躍した薩摩の志士、ゆかりの場所を
鹿児島市内の周遊バス「あっちゃん号」こと、キュートな篤姫バスに乗って巡ります!

 

 

 

 


鹿児島県の観光プロデューサー奈良迫さん

 

 

 

 

幕末オタクな私が好きなのは坂本龍馬に、西郷隆盛、大久保利通、大山巌、時代は明治になって、山本権兵衛、東郷平八郎と、
龍馬に魅了されて好きになった幕末だったのですが、歴史を知れば知るほど好きになっていったのは、
薩摩藩士でした。

 

魅力を一言でいうのならば、
自分のことよりも日本の未来を一番に考える熱さを持っている!というところ。
今回はそんな英雄たちの息吹を感じる旅です。

 

最初に訪れたのは西郷銅像前。
今でも鹿児島の人たちに愛されている西郷の銅像。
愛犬、ツンとも一緒に撮ることができます。
途切れなく記念撮影をする人が訪れ、西郷さんの人気を感じることができます。

 

 

 

 

 

 

 

続いてはそんな西郷さんが
西南戦争で亡くなるまでの数日間を過ごした洞窟です。
明治時代になって、日本の中心人物となった西郷さんでしたが、
そんな偉い人が過ごしていたとは思えない、何もない洞窟。
西郷さんの、偉くなっても傲ることなく、
誰からも愛された人柄だったというのが、こういう所でも感じることができます。

 

 

 

 

 

 

 

そして少し城山を下った所にあるのが西郷さんの最期の場所。
足に銃弾を受け、「ここでよか」と、部下に首を落とさせたといいます。
本当は新政府と戦うつもりはなかった西郷さん。
西南戦争が始まったのを知ったときは
「しまった」というような言葉を呟いたといいます。
しかし、自分を慕って集まった部下たちに命を預け、命を落としてしまいました。
新政府は、西郷さんを殺したくはなかったといいますし、
沢山の人の心を奪う人間性の素晴らしい西郷さんには
もっともっと生きてもらって、新しい日本を造り上げてもらいたかった。。。と思うのは、私だけではないと思います。

 

 

 

 

 

 

 

そんな西郷さんが眠る南州神社と南州墓地。
南州墓地には西南戦争で敗れた薩軍、それから西郷さんを慕って全国から集まってきた将兵、2023名が眠っています。
なんと、庄内藩から駆けつけた将兵もいたとか。
戊辰戦争で賊軍とされた藩の処置、処罰にたいして寛大な措置をしていた薩摩藩、西郷さん。
その人柄に惹かれた人は藩を、敵味方を越えていたんですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

続いては仙巌園。
こちらは薩摩藩主、島津家の別邸です。
錦江湾と桜島を池と築山に見立てるという
壮大なスケールで日本で一番贅沢なのではないか?!という素敵な庭園です。
仙巌園の魅力は美しいだけではなく、
日本初のガス灯といわれる鶴灯籠や大砲、薩摩切子など、島津斉彬の先見性の凄さというのを感じられる
歴史の宝庫でもありました!

 

 

 

 

 

 

 

 

そして最後に訪れたのは加治屋町。
わずか200メートル四方のエリアで
西郷隆盛、大久保利通、大山巌、東郷平八郎、西郷従道、村田新八が生まれ育っています。
すごい!日本の中に
こんな狭い範囲でこんなにすごい偉人たちを沢山輩出している所はないですよね!

 

 

 


FM鹿児島の中村アナ(歴史好き)

 

 

 

 

なぜ、これほどまでに偉人が群生するのか?
その秘密は薩摩藩の教育法 郷中教育にあると言われています。
嘘を言うな!(自分に)負けるな!弱いものいじめをするな!
をモットーに年長者が年少者を教育していくというシステム。
このシステムを知ると狭い範囲で、素敵な人格の偉人が生まれ育った、ということに納得。
現代、未来の教育方法のヒントは
郷中教育にあるかもしれませんね!

 

 

 

 

 

 

 

 

私が西郷さんと大久保さんとのエピソードで一番、心惹かれたのは
幼馴染みであり、
共に薩摩藩士として明治維新を成し遂げた二人でしたが、
戊辰戦争で、敵同士になってしまいます。


大久保さんは新政府。
西郷さんは、不満を抱えた士族の集まり薩摩軍。


大久保さんは西郷さんを敵としたかった訳ではありません。
その証拠として、西郷さんが亡くなったと知らせが入ったときに、
常に冷静沈着な大久保さんが部屋中を徘徊し、柱にぶつかった、というエピソードが残っています。


そして、大久保さんが後日暗殺されてしまった際に、胸ポケットに入っていたのは
西郷さんからの手紙でした。
そして西郷さんは自分の弟と従兄弟に
大久保さん側につくように言っています。
自分の身は自分を慕って集まった将兵に任せましたが、
心の中では
敵になってしまった大久保さんと
繋がっていたのだと思います。


明治維新を生き抜いた薩摩藩士のカッコイイ所は
自分の命、自分の気持ちよりも
日本の未来を一番に考えていた所。

そんな格好良さに
心底、痺れてしまった旅人は吉村 民でした!

知れば知るほど魅力的な鹿児島!薩摩藩士!

また鹿児島を訪れたいです。