変貌を遂げる街・虎ノ門|旅人:小谷大輔

2014-05-29

帰ってきました。

そうです。
僕です。



旅人の!
旅人のぅっ!!



小谷大輔ですッ!!!

 

 



正直もうお声はかからないと思っていました。
思い出作りだと思っていました。
番組の録音をすり減るほど聴いて、
嫁に「よかったねー楽しかったねー」て言ってもらって。
それで完結だと思っていました。



ところがどっこい!




・・・帰ってきちゃった。



ありがとうございます。
皆さんに感謝でございます。
大好き!LOVE!



はい。
ということで。
晴れてヤジキタン(YAJIKITAメンバーのこと)になった僕が今回訪れたのは・・・



東京都港区にあります「虎ノ門」です!

 

 

 



 

 

官庁街も近くビジネス街のイメージが強い虎ノ門。
皆さん忙しそうです。
嬉しそうに変なポーズで写真撮ってる30代はあまりいない感じです。

 

 

 

 

 



そんな虎ノ門に今年の3月、68年かけて開通したのが、


通称・マッカーサー道路です。
この道路を中心として、今後この街がどう変わっていくのか。



「変貌を遂げる街・虎ノ門」


レッツ!散策!!



相変わらずOPで喋り過ぎたりしつつも
虎ノ門駅を出発し、浮かれ気分で歩いていると・・・



目の前に突然大きな鳥居が!!
ビル群の中に突然の鳥居!!
ビルのエントランスが参道に!?

 

 

 

 

 



なにこれー!
不思議ー!
神秘的ー!



オフィス街にたたずむ神社 虎ノ門 金刀比羅宮


権禰宜の細井大輔さんにお話を伺いました。

 

 

 

 

 

 


本家を香川県仲多度郡琴平町にもつこの金刀比羅宮は、1660年に讃岐国丸亀藩主・京極高和の邸宅を愛宕下に建造した際、讃岐金刀比羅大神もその邸宅に移したことが始まりとされています。

 

 

 

 

 

 


街が発展していく前からこの場所にあった神社が、
街の発展を見守りながら、共存しているのです。

 

 

 

 

 

 


ちなみにこの時はちょうどお昼だったので、
ビジネスマンの方がのんびり神社でくつろいでいました。



仕事の合間に神社。
ええなあ。
なんかええなあ。



あ、あと細井さんは同じ「大輔」で同じ世代でした。
えも言われぬ親近感。
マンガの話とかしたら盛り上がりそうだったけど時間がなかった・・・。




虎ノ門の歴史を感じられる場所は、
この金刀比羅宮から少し歩いたところでも見つけることが出来ました。

 

 

 

 

 

 



「浅野内匠頭終焉之地」

この石碑にはそう書かれています。
つまりはアレです。



忠臣蔵!


松の廊下での事件後、浅野内匠頭が預けられ、切腹となった場所。
奥州一関藩の城主・田村右京太夫建顕の屋敷がここにはあったのです。

 

 

 

 

 


そんな浅野内匠頭の想いを形にしたというお店、新正堂にやってきました。

 

 

 

 

 

 



外から見ても大々的なアピールを感じます。



『切腹最中』


間違いなくアレのことだよね。
浅野内匠頭の想いを形に・・・してる、のか?
いや、でもそうだよね。家紋とかもあるし。

 

 



 

 

 


最中の皮から餡がはみ出しています。
パカッとね。切腹です。



この切腹最中を生み出したのは、新正堂 三代目店主 渡辺仁久さん。

 

 

 

 

 


渡辺さんは江戸っ子です。
一人称は「テメエ」です。
話がすべて落語みたいでした。



とにかく話が全て面白く楽しい!

 

 

 

 

 

 


その中でも特に印象に残ったのが、
切腹最中を作り出す上での苦労話。



何よりも一番苦労したのが・・・




説得(笑)。



ネーミングへの家族の反対が凄まじかったそうです。
それをいかに納得させるか?
もはや説得最中です。



しかしそれが今や空前の大ヒット商品に!
京都の清水寺のご住職からもこの最中に関心したとハガキが届いたそうです!
さすが!!



気になるお味は・・・



お・い・し・い!!!!!
めちゃくちゃおいしい!!!!!



皮がパリッと!
程よい餡の甘さ!
合わさることでさらに美味!!!!



こ、これはいい!
何個でもいける!いけてまう!



そうなのです。
切腹最中は決して面白センスのみのお菓子ではなく、
その味も最上級だったのです。



渡辺さんのノリも最上級でした。

 

 

 

 

 




お腹も満たされ続いて向かったのは東京都庁!
ちょ、ちょっと緊張するぜ。



東京都 都市整備局 市街地整備部 再開発課長の土橋秀規さんに、
環状第二号線・通称マッカーサー道路(地上部分)についてお話を伺いました。

 

 

 

 

 

 


完成まで68年もの時間がかかったマッカーサー道路。
地元に残りたいとの権利者の声が強かったことや、近隣に代替地を確保することが難しかったこと等から、長らく事業化に至らなかったそうです。しかし、1989年に立体道路制度が創設されたことが問題解決の糸口となり、合意形成が進んだということです。

 

 

 

 

 


交通量の多い本戦は地下トンネル構造となっているので、
地上部は40mの幅員を活用して、緑豊かな空間へと整備していく計画だそうです。



パリのシャンゼリゼ通りのような!


素敵やん!



パリジェンヌならぬ虎ノ門ジェンヌやん!
男の場合はパリジャンならぬ虎ノ門ジャンやん!
語呂悪いやん!



最終的には臨海部の有明まで繋がり、湾岸道路と接続する予定のこの道路。


地元の方々は愛着をもって「新虎通り」という愛称を名付けています。

 

 

 

 

 



最後は再開発の目玉ともいえる虎ノ門ヒルズの目の前!
虎ノ門二丁目の交差点、築地虎ノ門トンネルの入り口が目の前に見える場所に戻ってきました。

 

 

 

 

 


ここで待ち合わせをしたのは、


東京都市計画研究会 顧問の土屋信行さんです。

 

 

 

 

 

 


これから変わっていく虎ノ門、そしてそのために何が必要か。
実際の問題点や期待することなどを語ってくださいました。



あ、ちなみに。
この日記でも『マッカーサー道路』という通称をずっと使っていますが、
実はそもそもマッカーサーは何の関係もないそうです。
敗戦後、アメリカ軍がアメリカ大使館から竹芝桟橋に至る大道路を計画しているとの噂が広がり、その誤解からそう呼ばれるようになりました。その通称だけが残っているとのこと。



なんだか不思議ですね~。

 

 

 

 

 


これから虎ノ門がどんな街に変わっていくのか。
土屋さんも非常に楽しみとのこと!

 

 

 

 

 

 

 


オシャレな街でありながら地元とのつながりを大切に!
課題はありますが、実現すれば素敵ですよね!
いや、実現するはず!

 

 

 

 

 



今回の旅も舞台は東京でしたが、
まだまだ知らないことが山ほどあります!
そしてこの虎ノ門はまさに、過去と未来を繋いでいる真っ最中かもしれません。



これからの発展を楽しみにしつつ、
今の虎ノ門を散策してみるのも楽しいですよ!

 

 

 

 

 

 


やはり旅は良い!
YJIKITA最高!
旅こそ生きる道!だぜ!




2回目があったんだから3回目もあればいいな・・・。



YAJIKITA ON THE ROAD 旅人は!



小谷大輔でした!